早乙女太一の家族(父、母、弟、妹)は?生い立ちから現在について調査!

気になる俳優

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』で、トランペットを吹く姿がかっこいいと話題になった早乙女太一さん。幼い頃から大衆演劇の劇団員として弟や妹たちと家族で全国を回り、天才女形として活躍していたそうです。いったいどのような生い立ちだったのでしょうか?
この記事では早乙女太一さんの家族(父・母・弟・妹)や生い立ちから現在について詳しくお伝えししたいと思います。



早乙女太一の生い立ちは?

https://twitter.com/asadora_bk_nhk/status/1481219415253426177

早乙女太一(さおとめ たいち)さんの生い立ちや経歴プロフィールについてご紹介します。

 

早乙女太一(さおとめ たいち)プロフィールwiki

本名:西村太一(にしむら たいち)
生年月日:1991年9月24日
年齢:30歳
出身地:福岡県北九州市
身長:174cm
血液型:B型
所属事務所:LDH JAPAN

早乙女太一さんは福岡県出身で1991年生まれの30歳(2022年2月現在)で、本名は西村太一(にしむら たいち)さん。

その生い立ちはかなり壮絶だったようですね。

劇団に所属する両親のもとに生まれ、4歳の時に初舞台を踏み、劇団員として育てられます。

2001年より父親が立ち上げた「劇団朱雀」で、家族や新たなメンバーとともに全国を旅しながら大衆演劇の活動を続けてきました。

幼い頃から父親の指導があまりにも厳しく、マスコミに取り上げられるほどでした。
詳しいことは、後ほど家族について紹介する中で触れたいと思います。

小学生の時にお笑いタレントのビートたけしさんの目に止まり、2003年にビートたけし(北野武)さんが監督を務めた映画『座頭市』で俳優デビューをはたします。

その後、100年に1人の天才女形として注目され、流し目王子との異名で脚光を浴びます。

14歳の時にはすでにファンクラブが発足していて、舞台のチケットは即日ソルドアウトになるほどの人気者だったそう!

まるでジャニーズのアイドルといった感じですよね!

大勢の大人たちや仕事関係者に囲まれて、多忙な子供時代を過ごしてきたようです。



早乙女太一の現在は?

これまでに女形として多くの舞台で活躍を続けてきましたが、現在はLDH JAPANに所属しながら俳優やタレントとしても活動の場を広げています。

最近では、NHKの朝ドラ『カムカムエブリバディ』でトランペットを披露したり、ドラマ『ミステリというなかれ』の香音人役で出演。その独特な雰囲気を見事に演じて話題になりましたね〜。まさにピッタリの役どころでした!

また、朝日放送の「朝だ!生です旅サラダ」で山形県の庄内地方をめぐり、地元で有名なラーメンを食べたりサウナを楽しんだり、ふだんあまり見せることのない姿を見せてくれました♡

こういう番組に出演することも珍しいですよね〜。意外な一面が見れて嬉しかったです〜!

私生活では、2013年に当時交際していたモデルでタレントの西山茉希さんと結婚。6歳年上の姉さん女房でデキ婚だったこともあり話題となりました。

交際時代に路上で大ゲンカしたスクープ写真が週刊誌に掲載され、一度別れたという噂もあったので元サヤにおさまって幸せになってほしいと願っていましたが、残念ながら結婚生活は長くは続かず2019年6月に離婚。

その原因は早乙女太一さんのDVによるもので、幼い頃自身が受けていたことが関係しているのでは?と噂されましたよね。

離婚後は子供たちのために、パートナーとして協力し合いながら子育てをしているようです。

 



 

早少女太一の家族(父、母、弟、妹)について

早乙女太一さんの家族構成は父、母、弟、妹の5人家族です。

劇団員の父母のもとで幼少期を過ごし、2001年から「劇団朱雀」を立ち上げた両親と家族、新たなメンバーとともに全国を旅しながら大衆演劇の活動を続けてきました。

「劇団朱雀」については後ほどお伝えしますが、まずはじめに家族について早乙女太一さんとの生い立ちにもふれながらお伝えしたいと思います。

早乙女太一の父は葵陽之介


父:葵陽之介(あおい ようのすけ)

本名は西村太志(にしむら たかし)さん。福岡県北九州市の出身で葵劇団の座長・葵好次郎(あおい こうじろう)さんに憧れて1987年に入門します。
葵好次郎さんは大衆劇団・葵一門の総帥として、これまで多くの役者を育てた方です。

師匠の厳しい指導のもと17歳で初舞台を踏み、役者として経験を積んでいきます。
そんな中、同じ劇団員だった鈴花奈々さんと結婚。子宝にも恵まれ、家族とともに劇団員として全国を回りながら芸を磨いてきました。

そして、2001年に独立し劇団朱雀を立ち上げます。

長男の早乙女太一さんは4歳の時に初舞台を踏みますが、幼い頃からかなり厳しく指導していたようですね。殴る蹴るは当たり前というような話もありました。

あまりにも厳しすぎる父親の指導に、旅芸人の暮らしで、友達ができてもすぐ転校を繰り返すという日々に、当時は早乙女太一さんの心身を心配する声も上がっていたようです。

彼自身も「笑わない少年期を過ごしていた」と昔を振り返っていることからも、想像以上に過酷だったようですね〜。

父として息子を一人前の役者に育てたいという思いからだったのでしょうか?
今だったら完全にアウト!ですけどね。

早乙女太一の母親は鈴花奈々


母:鈴花奈々(すずはな なな)

本名は西村弘美(にしむら ひろみ)さん。福島県出身で14歳の時に初舞台を踏んでいます。

美人でとてもしっかりしたイメージの方ですよね〜。年齢について公表されておりませんが、次男の早乙女友貴さんのブログから、2022年現在50歳であることが判明しています。

早乙女太一さんは現在30歳なので、20歳の時のお子さんだったことになりますね〜。

この若さで、劇団員として舞台活動をしながら子育てや家庭のことをこなしてきました。
劇団朱雀を旗揚げしてからは座長の奥さんとしての仕事も加わり、多忙な日々のなかで何度もリタイアを考えたそうです。

母親として3人の子供たちを育てるだけでもたいへんなことなのに、舞台女優や座長の奥さんとして何役も仕事をこなしてきたことは、決して並大抵のことではなかったでしょう。

そんな中で長男である早乙女太一さんについては、母親として後悔したことがあったようです。

彼がまだ幼い頃の歯医者さんでの出来事だそうで、目に涙を浮かべて必死で痛いのを我慢する様子に何か違和感を感じたというお医者さんの話を聞いて、ハッとしたそう!

幼心に我慢しなければいけないという思いから、歯の痛みに泣くこともできず、自分の感情を出さない子供になってしまったことに気づき、かわいそうなことをしたと。

立派な俳優に育てるためとはいえ、日頃の指導が厳しすぎたのかなと悔やんだそうです。

現在は太一さんに2人の娘さんがいて孫娘の祖母ということになりますが、全然そんな風には見えないですよね〜。とてもお若いです!

今もその美貌は健在で、舞台に立っておられますよ〜♡

早乙女太一の弟は早乙女友貴(ゆうき)

 

弟:早乙女友貴(さおとめ ゆうき)

本名は西村友貴(にしむら ゆうき)さん。1996年5月14日生まれの25歳です。(2022年2月現在)

1歳半の時に初舞台を踏みますが、本格的に舞台に出るようになったのは6歳頃からだそうで、2001年に両親が劇団朱雀を旗揚げして以降ということになりますね〜。

2012年9月、公演中にケガをした兄・太一さんの代役を務めその名が知られるように!
17歳という若さで急遽出演することになり脚光を浴びます。

2017年に元SPEEDの島袋寛子さんと1年の交際を経て結婚。当時、早乙女友貴さんはまだ20歳で島袋寛子さんは32歳。12歳年上の姉さん女房ということで話題になりましたね〜。

18歳の時には石田純一さんの娘・すみれさんと熱愛報道がありました。この時もすみれさんは5歳年上でした。

兄の太一さんも6歳年上の西山茉希さんと結婚だったので、兄弟揃って年上が好みなのでしょうか?

いずれにせよ、2人とも母親のようなしっかりとした姐御肌がタイプのようですね〜!

主に舞台を中心に活動をしてきましたが、2021年3月末で所属事務所・エイベックス・マネジメントを退社し、現在は個人で役者活動を続けています。

早乙女太一の妹は鈴花あゆみ

妹:鈴花あゆみ(すずはな あゆみ)

本名は西村あゆみ(にしむら あゆみ)さんで、2001年12月19日生まれの現在20歳。

長男・太一さんとは10歳、次男・友貴さんとは5歳、年が離れているんですね〜。それだけに可愛くて仕方ないようですね〜。あゆみさんの20歳の誕生日に仲むつまじい様子の3兄妹の写真がSNSにアップされていましたよ〜!

両親が劇団朱雀を立ち上げたのが2001年の6月だったので、その時はすでに母親のお腹の中にいたことになりますね。身重の身体で、まだ幼い太一さん、友貴さんを抱えながらの劇団旗揚げは大変だったでしょうねぇ。

それだけに娘のあゆみさんには特別な思いがあるのかもしれませんね〜。2人の兄の芸名である早乙女ではなく、母親と同じ鈴花を名乗らせていますので、一人娘ということでまた違った思いがあるのかもしれません。

鈴花あゆみさんも2人の兄と同様、劇団朱雀の一員として多くの舞台に立ってきました。母親ゆずりの美人ですので、今後はもしかしたら、兄たちのように女優としてテレビや映画で活動の場を広げていくのかもしれませんね〜。今後が楽しみですね!



早少女太一は大衆演劇『劇団朱雀』の2代目!

父・葵陽之介さんは2001年6月に劇団朱雀を立ち上げます。

1987年に葵劇団の葵好次郎さんを師と仰いで入門。役者として経験を積み、同じ劇団員だった鈴花奈々さんと結婚。その後に生まれた子供たちと家族全員で劇団の役者として活動を続けてきました。

そして15年後、それまで所属していた葵劇団から独立し、劇団朱雀を旗揚げ。朱雀の由来は、風水術で葵陽之介の吉の方向が「南」=「朱雀」だったことから、名付けられたそうです。

大衆演劇の舞台は、ミニショーやお芝居、舞踊と歌謡ショーの3部構成が基本だそうですが、劇団朱雀は2部構成で、第1部が芝居(大衆演劇)、第2部が舞踊ショーとなっています。

舞台では和楽器ユニットRin’の楽曲が多く使われ、その世界観とマッチした内容が若いファンからも人気なのだそうですよ〜♪

公演中にお客さんが「お花」と呼ばれるご祝儀として、1万円札をつなぎ合わせたレイを役者の首にかけたり、扇状にして胸元に入れたりする光景は、大衆演劇の舞台ならではといったところですよね〜。

また、一座の多くはごく近しい血縁者で構成されることが多く、座長の子は幼い頃に初舞台を踏み、楽屋を我が家として一座の中で成長し座長を継いだり、または独立するそう。

劇団朱雀は2015年に一度解散しますが、2019年に復活し、現在は長男の早乙女太一さんが2代目の座長を務め公演を行なっています。

幼い頃から女方として多くの舞台に立ち、その妖艶な演技だけではなく、殺陣(たて)と呼ばれる演技にも定評のある早乙女太一さん。

これからも父・葵陽之介さんから受け継いだ劇団朱雀を絶やさず、盛り上げていってほしいですね〜。

私はまだ生で劇団朱雀の舞台を見たことがないので、コロナが落ち着いたら、ぜひ舞台を見にいきたいと思っています。応援していますよ〜!

 



早乙女太一のまとめ

いかがでしたでしょうか?

早乙女太一さんは葵劇団に所属する両親のもとに長男として生まれ、幼い頃から劇団員として厳しく育てられました。家族は父・母・弟・妹の5人です。

あまりに厳しすぎる指導に、感情を表に出さない子供時代だったそうですが、ビートたけしさんとの出会いで映画『座頭市』で銀幕デビューを果たし脚光を浴びます。100年に一人の女方として、流し目王子と呼ばれ一躍人気者に。

両親が立ち上げた劇団朱雀の看板俳優として多くの舞台で活躍。2015年に劇団朱雀解散後は、フリーで活動していましたが、同年7月にLDHの所属し、映画やテレビドラマにも活動の場を広げてきました。

2013年に西山茉希さんと結婚、2児の父親となりますが、2019年に離婚しています。

現在は劇団朱雀が復活し2代目として活動するほか、朝ドラや人気テレビドラマに出演し話題となっています。

今後ますますの活躍に期待し、応援していきたいと思います!

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました〜。

☆早乙女太一さんはドラマ『ミステリと言うなかれ』のエピソード6に出演しています。
ドラマについてはこちらに詳しくまとめていますので、良かったらのぞいて見てくださいね〜〜!

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